海までの距離

「今日は有難うございました」


海影さんが深々と頭を下げる。
つられるように、私も頭を下げる。


「こちらこそ、有難う。いいライターが欲しかったから、大きな収穫になったしね」


萩原さんの口から出た“いいライター”という言葉に、どくんと胸が鳴った。
私、この人の中では紛れもなくライターという位置付けに置いて貰っている。
萩原さんが立ち去るその背中を海影さんと見つめ、姿が消えた瞬間、


「海影さん…やったあ…」


思わず、私はそう零した。
海影さんはちょっとびっくりした表情で私を見た後、


「…やったな！」


破顔して、私の背中をばしばしと強く叩いた。
叩かれた背中から、込み上げてくる実感。


「…やった！海影さん、やった！有難うございます！本当に有難うございます！」


何度も同じ言葉を繰り返すその可笑しさにすら気付かず、貰った名刺は手の中で汗でしんなりさせていた。
大学に受かった時の嬉しさを上回るくらいの感情は隠せない。