下田の空[短編]
第一章
「用意は出来たの!?」

二人だけの家中に、母親のハスキ

ーな声が響いた。

勉強の手を止め、時計を見た。午

前八時半。とっくに出発の時間を

過ぎている。私は大急ぎで出掛け

る用意を始めた。

…年末に大叔母が亡くなり、下田

の菩堤寺に行くこととなった。

父方の祖母の妹で、私などは随分

と可愛いがってもらったものだが

、終生独り身で、今際の時も誰に

も看取られずに亡くなったそうだ

。もっとも心筋梗塞で、殆ど即死

だったようだが。

本来は下田に一泊しないとならな

いのだが、私たちは親戚筋の中で

は端くれも良いところの人間であ

ったので、一日でお暇させてもら

えることになった。…

勢いよく自室のドアを開き階段を

駆け下りた。母親はもう化粧も済

ませ、私を急かした。

「あ〜もう…間に合うかしら?下

田に一時半よね?」

「大丈夫!大体下田までなのに三

時間もかかる訳がないって!」

私はそれだけ投げつけるように言

うと、家のドアを開け放った。前

日までの雨は止み、代わりに雲の

切れ間から光の筋が差していた。
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