桜が散るその日
四年目の誕生日
 今年も桜の花が散った。他の桜はまだ咲いているのだろうか。それとも、すべて散ってしまった?桜田の屋敷の桜しか知らない奏には、わからないことだった。
 散ってしまった桜は、葉桜といっただろうか。薄桃色の桜もそれはそれは趣があって美しいが、緑に変わってしまった桜も違う趣があって綺麗だった。そうだな。薄桃色の桜が柔らかい綿菓子だとすると、緑の桜は瑞々しい野菜だろうか。
 お腹がすいているのか、どうもたとえが食べ物になってしまう。
 奏はお腹に手を当て、首をかしげた。朝ご飯は食べたはずなのに。お腹が鳴ってしまったらどうしよう。彼の前でそん なことになったら、恥ずかしくて逃げ出してしまうな。
 小さくため息をつく。そんな音は、バイオリンの音色でかき消されてしまって、奏の耳には届かなかった。
 やはり、どんな音も彼のバイオリンにはかなわない。
 ここは彼のお父様のお屋敷で、彼がそこにいることは当たり前で、幾度となく見てわかっている。それなのに、ここまで歩いてくるうちに彼のバイオリンが耳に届き、そこに彼がいるとわかるのはとてつもなく胸を温かくしてくれる。
 この間まで宙にいた薄桃色は、今は地面にいてまるで絨毯みたいだった。
 木の幹に手をついて、静かに演奏している彼を見つめる。この角度では、後ろ姿だけが見える。
 まるで、違う世界に来てしまったような気分。幾度となく感じているのに、飽きない。
 彼の弾く曲はほとんど覚えている。曲名とか詳しいことは知らないけれど、口ずさめるぐらい好きで覚えてる。その日の、気分で同じ曲なのに少し聞こえ方、イメージが変わってしまうけれど。
 案外、彼ってわかりやすいのかもしれない。
 
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