桜が散るその日
望む未来を
 あれから、時は流れた。本当に水でも流れていくかのように、止めることもできずただ、目的もなく流れていった。
 時というものはどうしてこんなにも無情なのだろう?大きいことが変わってしまったのに、いつものように過ぎていくばかり。過ぎるだけで、なにも解決をしてはくれたわけではなかった。
 時が過ぎれば、忘れると思った。解決するのだと。奏の考えはどうやら甘かった。時に頼ってはいけなかった。気づいたときにはもう遅くて。忘れられるどころか、存在は大きくなっていくばかり。まるで、傷のように、放っておいて悪化してしまい痕になってしまった。
 忘れてしまうこともなくしてしまうことも、悲しくて辛いことなのに、覚えていることも辛い。彼の声、瞳、ぬくもり、言葉、息づかい、癖、優しさ。全て、奏は覚えていた。忘れてしまいたいのに、なくしてしまいたくないもの。
 全て、なかったものにしてしまえたらと、この辛さから逃げようとした。しかし、彼を閉ざそうとするたびに、思い出が、彼が溢れて、扉は閉まることを知らないでいた。
 廊下を静かに歩きながら、聞こえてくるバイオリンの音に背を向けようとつとめた。
 毎日、彼のバイオリンは奏の耳に届いた。頭で考えていることを裏切り、五感は彼を選ぶ。まだ、あの場所に呼ばれている気がする。しかし、奏はそこには行けない。もっと、前なら会いに行っていたのかもしれない。
< 34 / 54 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop