クインテットビショップの還幸
手の届きそうな範囲に戻ってきた壁紙の、美しいアーチには色とりどりの壁画。
神話を模した聖堂とは違い、ここにあるのは、血塗られた民族の歴史。
歴代の王の死闘と、栄光。
王族たる者は、皆、その洗礼を受ける。
己の根源を受け入れさせられる。
あるものは誇り、あるものは羨み、あるものは感謝する。
僕にはただ、重いだけの世界。
光り照らされた一角、黒く塗り潰された壁。
嗚呼、そうこれは、昔昔の消された記憶。
《人として、狂ってしまった王女がいたのだよ》
小さな身を腕に抱いて、語ってくれたのは誰だったか。
父か、宰相の誰かか。
光差すバルコニィ。
王のみが立つことを許されるそこに、僕は初めて足を踏み入れた。
クラリとした。
白で塗り込められた世界。
熱気は、緩やかな風を伴い、決して不快ではなかった。
ただ少し、糸が切れかけただけ。
ゆっくりと色を燈していく視界に、僕は息を呑んだ。
《灰の街》の異名よろしく、辺りは薄鼠色の建物で埋め尽くされ、合間合間にとりどりの緑が息づいている。
石畳の方々に埋め込まれた紅石は、巨大な街を管理するため、何代も前の主がつけたものだ。
青い空に飛び出したのは、教会の鐘と、時計塔。
何代もの豪族、何代もの王者たち。
彼らに愛された石造りの街は、緩やかな緑に飲み込まれながら、まるで深呼吸するように存在していた。
上がる歓声。
広がる灰の間に、所狭しと、人、人、人。
近隣からも集まったのだろう。
もしかしたら、果てしなく遠くから来た者もいたかもしれない。
王族による公式式典が行われるのは、いつの世も、帝都とここだけだ。
こと就任式典となれば、帝都よりも神神に近いとされるこちらで行われるのが早く、しかも盛大だ。
寧ろ帝都はお披露目の意味に近い。
集まるのは当然。
ある者はキラキラと瞳輝かせ、ある者は狂喜の雄叫びを。
ある者は屋根に登り、ある者は地に這って。
軍人は取り囲む城壁に、賢者たちは眼下の中庭へ。
眺め見る世界。
何と言う!
今、全世界が僕に注目してしまっている!
すくむ足、流れる汗、震える視点。
久しく忘れていた恐怖が、僕の耳元で怒鳴り声を上げる。
見よ! 聞け! 全世界がお前の前に!
笑え、わらえ、ワラエ、嘲え!
これが忌むべき王家の膿ぞ!
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