《短編》切り取った世界
『…もぉ、私隠せないわ…!』


母親の声に、無意識に足が止まった。


瞬間に、体中から聞いてはいけない、って危険信号が出てるのに。


なのに、体が動かなくなって。



『あの子が本当の子じゃない、って気付いたら―――』


『やめないか、母さん!』



世界が音を失くした瞬間。


呼吸さえも出来なくなって。


気付いたら、足音を立てないように背中を向けて一歩を踏み出していた。



フラフラと、おぼつかない足取りで先ほどまで歩いていた道を引き返す。



“あの子が本当の子じゃない、って気付いたら”


ただ、母親の言葉ばかりがグルグルと回って。


“あの子”って誰…?


俺?

それとも兄貴?


そんなこと、聞かなくたって答えは明白だった。


可愛がられ、何をしても許される兄貴。


対照的に俺は、勉強ばかりさせられて、兄貴の二番煎じばかりを演じさせられていた。


実の子以上に可愛い子なんて、この世に居るはずがないんだ。



俺が、本当の子じゃない、ってだけ。


それだけのこと。



人って絶望の淵に立たされると、涙も流れないんだな。


ただ、心にポッカリと穴が空いてしまったみたいに何一つ冷静に考えられなくて。


今まで生きてきた20年が、走馬灯のように蘇ってきた。


誰も俺を必要としなかった日々。


当たり前だ。


俺は元々、必要のない人間なんだから。



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