《短編》切り取った世界
『…俺の右手は、弘樹を殴るためにあるんじゃない。
世界を切り取るためにあるんだ。』
そう言って兄貴は、散らばったものの中のひとつを持ち上げた。
写真。
何てことはない下町の風景や、人々の笑顔が映し出されたそれを見て、
兄貴はただ穏やかに笑う。
初めてちゃんと見た兄貴が撮った写真は、
あたたかさと懐かしさを混じらせながら、当たり前の日常を切り取ったものだった。
『…俺が撮りたいのは、あんなパンフレットの写真なんかじゃないんだ。
弘樹が言ったとき、核心を突かれすぎて正直参った。』
あの日見た写真なんかとはまるで違う、
兄貴の過ごした日々や生きてきた道が、そこにはある気がした。
“弘樹になんか、タカちゃんの写真の良さなんかわかんないわよ!”
美緒が言った言葉の意味が、だけど今ならなんとなくだけどわかる気がして。
無知な俺にもわかるほど、兄貴の写真は本当に“そのまま”を切り取っていて。
まるで心の奥底に沁み込んでいくような写真。
またひとつ、兄貴が遠くなっていく。
「…じゃあその手で、美緒を幸せにしてやれよ!」
絞り出すと、涙まで溢れてきそうで。
堪えるように俺は、唇をきつく噛み締めた。
だけど兄貴は、何も答えてはくれなくて。
『…弘樹にはずっと、俺の所為で我慢ばかりの生活を送らせてしまったから。
こんな兄ちゃんでごめんな?
本当はずっと、苦しかったろ?』
“本当にごめん”と兄貴は、うな垂れるようにして頭を下げた。
「…だから…ずっと…」
だからずっと、兄貴は俺を必死で守ろうとしてくれてたのか?
だからずっと、兄貴は俺のために美緒への気持ちを必死で押し殺してたのか?
何を言っても怒らなかった兄貴。
何をしても俺を庇ってくれた兄貴。
世界を切り取るためにあるんだ。』
そう言って兄貴は、散らばったものの中のひとつを持ち上げた。
写真。
何てことはない下町の風景や、人々の笑顔が映し出されたそれを見て、
兄貴はただ穏やかに笑う。
初めてちゃんと見た兄貴が撮った写真は、
あたたかさと懐かしさを混じらせながら、当たり前の日常を切り取ったものだった。
『…俺が撮りたいのは、あんなパンフレットの写真なんかじゃないんだ。
弘樹が言ったとき、核心を突かれすぎて正直参った。』
あの日見た写真なんかとはまるで違う、
兄貴の過ごした日々や生きてきた道が、そこにはある気がした。
“弘樹になんか、タカちゃんの写真の良さなんかわかんないわよ!”
美緒が言った言葉の意味が、だけど今ならなんとなくだけどわかる気がして。
無知な俺にもわかるほど、兄貴の写真は本当に“そのまま”を切り取っていて。
まるで心の奥底に沁み込んでいくような写真。
またひとつ、兄貴が遠くなっていく。
「…じゃあその手で、美緒を幸せにしてやれよ!」
絞り出すと、涙まで溢れてきそうで。
堪えるように俺は、唇をきつく噛み締めた。
だけど兄貴は、何も答えてはくれなくて。
『…弘樹にはずっと、俺の所為で我慢ばかりの生活を送らせてしまったから。
こんな兄ちゃんでごめんな?
本当はずっと、苦しかったろ?』
“本当にごめん”と兄貴は、うな垂れるようにして頭を下げた。
「…だから…ずっと…」
だからずっと、兄貴は俺を必死で守ろうとしてくれてたのか?
だからずっと、兄貴は俺のために美緒への気持ちを必死で押し殺してたのか?
何を言っても怒らなかった兄貴。
何をしても俺を庇ってくれた兄貴。