《短編》切り取った世界
『…弘樹、勉強どう?』


先に口を開いたのは、美緒だった。



「経済史は苦手だけど、経済学は得意かな。」


『…そっか。
弘樹はきっと、おじさんの後継いで立派な三代目になれるよ。』


何故か悲しそうに、美緒はそう呟いた。


誰も兄貴には、良い意味で期待してなくて。


あんな兄貴だから、“縛らない方が良い”と、周りは口を揃えて言っている。


その分俺にばかりのしかかる、後継ぎの期待。


美緒に兄弟は居ないから、必然的に俺以外には居ないんだ。



「…でも、美緒だって簿記苦手なんだろ?
女なんだし、無理して親父達の会社に入ることもないじゃん。」


最後のしいたけを口に運びながら、目線を外すようにしてそれに落とした。



『…そうだけど、そーゆーわけにもいかないのよ。
両親には感謝してるから、あたしも会社に貢献したいの。』



そんなもんなんだろか。


美緒の考え方は、今どき珍しい。


むしろ、兄貴に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいほどなのに。



『…タカちゃん、どこに行ったのかな?』


呟き美緒は、兄貴の部屋を見つめた。


一度出て行った兄貴は、すぐに帰ってくることもあれば、一ヶ月近く帰ってこないこともあるから。


美緒は俺以上に、兄貴のことが心配らしい。


だけど俺は、そんな話聞きたくないから。



「さぁな。
もしかしたら、もぉ帰ってこないかもしれないし。」


平然と俺は、言葉を投げた。


こんなことでも言わなきゃ、美緒の反応を確かめられないから。


傷つけなきゃ美緒の気持ちを確認出来ないなんて、ホントは最低なんだ。


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