嘘でもいいから


ようやく残業が終わり家に帰って一息をつこうとすると、


鞄の中にしまった携帯電話の振動音に気が付いた。


発信先の名前がディスプレイに表示される。


その名前を見るだけで、


仕事でたまった疲れも吹っ飛びそうになった。


「もしもし」


高鳴る鼓動を抑えるかのように、私はあえて低めの声で答える。


「おつかれ、もう家に着いた?」


低く優しい、彼の声が聞こえる。


「うん、さっき部屋に入ったところだよ」


「そうか、戸締りはちゃんとした?」


そうやって心配してくれる、年上の彼の優しいところだ。


「うん、大丈夫」


たった2,3言喋っただけなのに、


疲れのたまっていたはずの体がすっと軽くなっていく。


「ねぇ」


「ん?」


ベッドに沈み込んでいく私の体。


このまま、彼の声を聴きながら眠りについてしまいたい。


「明日、渋谷駅前10時集合だよね」


「うん」


お互い仕事が忙しくて、しばらくデートなんてしていなかったけど、


明日は、奇跡的にお互い1日フリーになった。


「楽しみ?」


わざと、そうやって聞いてくる彼。


「・・・うん、楽しみ?」


私も、わざと聞き返す。


「うん、楽しみ過ぎて眠れないくらいだよ」


仰向けになっていた体をうつ伏せにさせながら、


私はぎゅっと携帯電話を握った。


明日、触れられる暖かくて大きな手を想いながら。


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