ある物語の序章
エピソード0
 パパがVサインを高々と掲げながらリビングに入ってきた時、私はケータイで翔子から教えてもらったおもしろ動画を見ていた。弟はソファの上で丸まってポケモンのゲームに夢中。そんな私達の前にパパはずいっとVサインを突き出した。
「?」
「どうしたの?」
 意味不明なパパの行動に言葉を出したのはキッチンから包丁を手に顔を覗かせたママだった。パパはママの前にVサインを見せる。それを見たママは、
「本当に? すごいわー!」
「だろー!」
 包丁を持ったまま二人は手を取り合いくるくると回りだした。
 私は携帯の中でくるくると回っている猫と両親をただ見比べていた。ゲームを握り締めたままの弟がぼそっと、
「あの、包丁、危なくね?」
「あら、そうよね」
 弟の言葉にちょっと我に返ったママは慌てて包丁をすぐ側のダイニングテーブルに置くと、ちょいと肘でパパのわき腹を突付く。パパはコホンとワザとらしく咳をすると何故かネクタイを締め直した。
「パパは、前から希望していた支社へ目出度く栄転が決まりました! うわー、自分で栄転なんて言っちゃった」
「おめでとう、パパ」
 拍手するママにちょっと感涙しているパパ。私と弟は置き去りだった。
「運命を切り開くチョキ! ママのアドバイスでファンタジア行きのチケットをGEYだよ。ありがとう、ママ」
「そんな、パパの日頃の努力の賜物よ」
「春から家族で新生活だ。あのファンタジアで!」
 ?! パパの言葉に私と弟は顔を見合わせた。
「えー!!」

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