インサイド
「ちょっと待っててね」

 はい。

 返事に音をつけられなかったのは、その場の雰囲気に夢中になってしまっていたからだ。

つい先ほどの混乱などは飛ばし去り、魔法の呪文を唱えられたかのように、流れる音楽に魅せられた。

体から大切な何かを吸い取られたような気持ち。

けれど悪くない、決して悪い物じゃない。


 集中的に視界が狭まり、ピアノと歌う女性以外のものはその場から消え去った。

あるとするなら、音楽が。

言葉がこちらのものではないから、何を語っているのかはわからないけれど、わかっている美しさだけで充分に心を奪われる。

これ以上の何かは知るべきではないのかもしれない。許容量を超えて破裂しそう。



 やがて曲は収まるところに収まり終了し、そして魔法は残り続けた。

 歌っている間も綺麗だった女性は、指どおりの良さそうな輝く髪を耳にかけ、そんな仕草も美しい。

大学生――だろうか。いや、もう少し上……?
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