真昼の月
3つのときママが連れて行ってくれた遊園地で見たあの空に似たよく晴れた日に。あの日、誰かの手をすり抜けたミルク色の風船が雲ひとつない空に浮かんでいた。心もとなく風に揺れる風船がすうっと空に吸い上げられていくのを幼いあたしは母親と二人で目を凝らしていつまでも見続けていた。見上げすぎて首が痛くなるくらい。人はどうして空を飛べないんだろうねえ。お空を飛べたら空の上からあの人を探すのに。……あの人? あの人って誰?

あの人はあの人よ。あたしを最後まで笑ってみていてくれる人。あたしのすべてを許して、飲み込んで、抱きしめてくれる人。大きくて暖かくて、あたしをくつろがせてくれる人。……そんな人いないよ。
そうだねえいないね。そう。あたしには誰もいない。でも死んだら誰かが泣いてくれるかもしれない。

あたしが生きていたことを思い出してくれるかもしれない。笑止。それは都合のいい思い違い。みんなすぐに忘れるよ。あたしがいたことなんか誰も思い出さない。誰の記憶にも残らない。いつだって隠れるようにして生きてきたんだもの、いまさら死んで誰かの目に触れてそれでだれかが泣いてくれたとしても、それは単なる飾りの涙にすぎないんだよ。

「そうかなあ」

「そうだよ」

「……きっとそうだね。せいらのいうとおりだ」
鏡の中のあたしは微かに笑った。
切ない。壮絶に切ない。誰かにいてほしい。でも誰もいない。いても心が繋がらない。現実から切り離された孤児。この世から隔絶された心。自分から望んだわけじゃない。でも気がつくと独りになっている。

みんなあたしから離れていく。あたしも自分を離れていく。あたしはもう自分すら見放している。見放さないように切って痛みでここにつなげてきたけれど、痛みすらもう自分を繋ぎとめる手段じゃないような気がしている。生きていちゃいけないのかもしれない。この世に生きるにはあわなすぎるのかもしれない。
肉体と精神がきちんとリンクしていない。心が苦しいって。お空を飛びたいって叫んでるよ。

あたしは泣く。声を殺して泣く。まだ泣ける。泣く気力がある。
顔をぐしょぐしょにして泣いているとだれかがドアチャイムを鳴らした。間を空けて3回なった。
出ないことに決めているのでそのまま無視していると今度は携帯がなった。
真理子さんからだった。今度は間に合った。
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