夏の日の終わりに
「ありがとうございました」
僕は目の見えない先生に向かって深々と頭を下げた。初めて心から礼を言いたいと思ってやまなかったのだ。
「よく頑張ったな」
「はい」
リハビリ室を出た僕は、喜びに打ち震える足でそのまま公衆電話へと向かった。電話に出たのは母親だ。
医師に「一生車椅子の生活を強いられることになるでしょう」と宣告されてからどのくらいの時間が流れただろうか。その医師の言葉を覆した喜びをそのまま伝えた。
そして、それを聞いた母親はまた泣いた。
絶望を嘆く涙はいただけないが、喜びを表す涙は悪いものじゃない。僕は母親が泣き止むのを待つと電話を切り、そのまま理子の病室へと向かった。
週末でもないのに病棟には看護師の姿がまばらで、少し寂しく感じる。まだ全員の正月休みが明けてないのだろう。
その廊下へと理子を呼ぶと、僕は含み笑いのままそっと松葉杖を持ち上げた。
唖然と見守る理子の前で、そのまま足を踏み出す。理子はその足を凝視し、そしてようやく驚きの声を上げた。
「すごい、修君が歩いた!」
「へへへ、どう?」
「すごいよ、すごい!」
有頂天になった僕らの声が静かな病棟内に響く。理子は「すごい」を連発し、僕は「すごいだろ」と何度も答えた。
まだ慣れない脚が疲れを訴えたころ、今度は理子が驚かせる役にまわった。
「あたしもね、今度退院決まったの」
「マジで、いつ?」
「20日。ホントはもっと早く決まってたんだけどね」
「ええ、なんで教えてくれなかったんだよ」
「だって、色々忙しそうだったから……」
「気にすんなよ。でもよかった……これなら」
「これなら?」
そこで僕は慌てて口を閉じた。密かに進行している計画をここで漏らすわけにはいかない。
「いや、なんでもない。それよりジュース飲みにいこうぜ」
人生は悲喜こもごも、とは良く言ったものだ。
落ちるところまで落ちれば、後はどんな小さなことでも幸せに感じることが出来る。反対に幸せの中に浸かっていれば、どんな小さなことでも不幸としか思えなくなるのかも知れない。
そんな、僕に似合わないことを考えてみたりもした。
僕は目の見えない先生に向かって深々と頭を下げた。初めて心から礼を言いたいと思ってやまなかったのだ。
「よく頑張ったな」
「はい」
リハビリ室を出た僕は、喜びに打ち震える足でそのまま公衆電話へと向かった。電話に出たのは母親だ。
医師に「一生車椅子の生活を強いられることになるでしょう」と宣告されてからどのくらいの時間が流れただろうか。その医師の言葉を覆した喜びをそのまま伝えた。
そして、それを聞いた母親はまた泣いた。
絶望を嘆く涙はいただけないが、喜びを表す涙は悪いものじゃない。僕は母親が泣き止むのを待つと電話を切り、そのまま理子の病室へと向かった。
週末でもないのに病棟には看護師の姿がまばらで、少し寂しく感じる。まだ全員の正月休みが明けてないのだろう。
その廊下へと理子を呼ぶと、僕は含み笑いのままそっと松葉杖を持ち上げた。
唖然と見守る理子の前で、そのまま足を踏み出す。理子はその足を凝視し、そしてようやく驚きの声を上げた。
「すごい、修君が歩いた!」
「へへへ、どう?」
「すごいよ、すごい!」
有頂天になった僕らの声が静かな病棟内に響く。理子は「すごい」を連発し、僕は「すごいだろ」と何度も答えた。
まだ慣れない脚が疲れを訴えたころ、今度は理子が驚かせる役にまわった。
「あたしもね、今度退院決まったの」
「マジで、いつ?」
「20日。ホントはもっと早く決まってたんだけどね」
「ええ、なんで教えてくれなかったんだよ」
「だって、色々忙しそうだったから……」
「気にすんなよ。でもよかった……これなら」
「これなら?」
そこで僕は慌てて口を閉じた。密かに進行している計画をここで漏らすわけにはいかない。
「いや、なんでもない。それよりジュース飲みにいこうぜ」
人生は悲喜こもごも、とは良く言ったものだ。
落ちるところまで落ちれば、後はどんな小さなことでも幸せに感じることが出来る。反対に幸せの中に浸かっていれば、どんな小さなことでも不幸としか思えなくなるのかも知れない。
そんな、僕に似合わないことを考えてみたりもした。