夏の日の終わりに
 僕はかねてから聞いておきたいことがあった。おばちゃんから病状の話があったのなら、もう聞いてもいいだろう。

「おばちゃん、理子には言ってあるの?」

「迷ったんだけどね……言えないもの」

 おばちゃんは珍しく視線を外していた。

 その判断は難しいものだと思う。僕個人の判断でも告知をしなくて良かったと考えていた。

 ただでさえ藍ちゃんの経緯を知っているのであれば、これ以上の負担はとても神経が持つものじゃない。少しでも治る可能性が高いと思わせていたほうが良いに決まっている。

「おばちゃん、でも俺は望みを捨ててないよ」

「ありがとう。脩君も辛いのにね」

「一番辛いのはおばちゃんでしょ?」

 おばちゃんはちょっと強がったように笑うと、もう一度「ありがと」とだけ言った。



 やはりというか、予想はしてたのだが、またまた例のお友達が見舞いに現れるようになった。

 しかし、もう気にする事は無い。ベッド脇のテーブルに例の写真が堂々と飾られてあるからだ。それだけで僕の心は落ち着いた。


 それからは僕が見舞いに行くと皆が気を遣ってくれるようになった。

 かえって気を遣われるとこちらも遠慮したくなるのは不思議なものだ。いつの間にか僕も穏やかな心で彼らに接することが出来るようになり、「どうぞどうぞ」と椅子を譲り合うこともしばしばとなった。


 それでもなかなか二人きりの時間が取れるわけじゃない。とは言ってもいざ二人きりになっても話題があるわけでもなかった。

 今日は珍しくおばちゃんが早くに帰り、消灯時間までは二人きりの時間になっている。僕らは特に会話が弾むわけじゃなく、ただお互いに寄り添っているだけだった。

「約束覚えてる?」

「なんの?」

「いっぱい……」

 そう言えば理子と色んな約束をしている。それらを思い出そうと記憶を辿った。

「まず花火大会があったな」

 僕は一つ指を折る。

「それから……旅行」

「北海道でも沖縄でも連れて行ってくれるんだよね」

「おう」

 ようやく微かに笑みを浮かべた理子だったが、それでも次には寂しげな言葉を洩らした。

「行けないね」

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