夏の日の終わりに
 それほどの効果を期待していたわけじゃない。しかし、理子はこちらが思っていた以上の反応を示した。

「本当?!」

 沈んだ顔がぱっと輝き、これ以上ないというほど嬉しそうな笑顔を見せた。理子と付き合いだしてからも、これほど胸に響く笑顔を見せただろうか?

「沖縄でも北海道でも?」

「ああ」

「約束!」

 白い歯を見せながら、理子は小さな小指を突き出してくる。僕はその指に自分の小指を絡めた。

「じゃあ頑張る!」

「おう、頑張れ」

 理子はその指をぶんぶんと振ってげんまんをすると、僕が帰るまで上機嫌のままだった。


 一方祖父の容態は思わしくないように思えた。

 喉の手術のため、声を出せないのはどうしようもない。が、水を飲ませてやることが出来ないのは気の毒だった。

 何度も言葉にならないうめき声を上げ水を求めるが、僕らは水を染み込ませたガーゼで舌を拭いてあげる事しか出来ない。また、時折喉に痰が詰まってしまうので、それを吸引器で吸い取ることもしなければならない。喉の奥にチューブを突っ込むと、苦悶の表情を見せた。

「苦しそうだね」

 僕が問いかけたのは、祖父の長女である民子おばさんだ。

「うん、見てらんないよ」

 術後からずっと泊り込みで看病にきていた。随分周りに迷惑をかけた問題の父親だったが、娘にとってはやはり父は父なのだろう。お袋は祖父を嫌っていた。

 そのことを知っていたからこそ、県外から来て何週間も泊り込んでいるのだろう。

「お父さん、苦しいね。頑張ろうね」

 そう言葉をかけながら介抱する姿に、父娘の絆、愛の深さ、そんなものを垣間見た気がする。

 
 理子の手術も成功したそうだ。あとは二人の回復を祈るだけだった。


 窓の外にたゆたう雲が日差しを遮っているところだった。暗い雲は秋が深まっていることを告げていた。
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