冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 メイは23歳で。

 大学卒業して働き出したので、そう長い年月はたっていない。

 自分自身の蓄えなどスズメの涙程度で、とても父親の借金を払えなかった。

 だから、会社も辞めた。

 もっと稼ぎのいい仕事につくために。

 頑張れば、一ヶ月分の給料を一日で稼げるわよ、と言われたその職につくために。

 それでも、あのボスはきっと、借金取りにしてはいい人だったのだ。

 父親の供養を終わらせるまでは待ってくれたのだから。

 葬式の費用も出してくれた――でなく、貸してくれた。

 どんな店で働くのかなんて、分からなかった。

 ただ、今日の夕方に連れてこられた店を見て、背筋が冷たくなった。

 ランジェリー・パブ。

 名前だけは聞いたことがあった。

 そういうお店があるということくらいは。

 イヤ……。

 その言葉が喉まで上がりそうになった。

 しかし、頭のスミでは分かっていたことでもあった。
 女一人でそんなに稼げるカタギの商売など、ありはしないのだ。

 控え室では他の女性たちが、ほとんど全裸のような騒ぎで化粧や髪の手入れをしていた。

 目のやり場がなく、オロオロしていると。

「はやく……ほら」

 彼女に衣装が投げられた。

 白い下着。

 こんな格好で人前に出るのだ。

「あんた初めて? 大丈夫、すぐ慣れるよ」
「そんな化粧じゃダメダメ……アタシがやったげるから」
「ちゃんとお手入れしないと、ボスはそういうとこ厳しいからね」

 彼女らは、みな自分と似たような境遇なのだろうか。

 よくメイには分からなかったが、それでも先輩たちの手で、着替えと化粧をすます。

 鏡を見た。

 そこに、自分はいなかった。

 鏡を見た。

 カイトに連れて来られた部屋にも、姿見があったのだ。

 メイは、まだそこにいない。

 似合わないベタベタの化粧と、似合わない派手な毛皮と。

 これは、誰?

 毛皮を脱ぐと、下は男を喜ばせるための下着なのだ。

 これは……だ――
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