冬うらら~猫と起爆スイッチ~

12/16 Thu.

□145
 朝が来る。

 カイトは―― 家には帰らなかった。

 彼は、会社の開発室で朝を迎えたのだ。

 帰れるハズもない。

 どのツラ下げて帰れというのか、あの家に。彼女の側に。

 ギィ。

 椅子の背がきしむ。

 パソコンの画面は、もう長いことスクリーンセーバーになっている。
 戦車がバンバン砲撃をするような、穏やかではないセイバーだ。

 開発室の電気もつけずにいたために、彼の顔にその砲撃が反射する。

 赤の砲撃。緑の砲撃。黄色の砲撃が交互にカイトの頬で弾けた。

 帰れねぇ。

 昨日のままの背広姿だ。

 よれよれのグチャグチャのまま、カイトはうわごとのようにそう思った。

 怖くてしょうがない。

 こんなに怖い思いをしたのは、本当にこれが初めてだ。

 帰ったら。

 彼女に出会ってしまったら、見てしまうのだ。

 あの茶色の目の色が、変わってしまったことを。

 もしくは―― 別れを言われてしまう。

 彼女の口から、直接『さようなら』なんて言葉を聞かされたら。

 それが怖いのだ。
 震えるくらい、怖い。

 何もかも、自分ではないような気がする。

 彼女に出会ってから、ずっとそうだった。

 最後までそうなのか。

 最後。

 ゾッとしたものが背筋に走る。

 不治のウィルスの詰まった袋を割ってしまった気分だ。

 目には見えないが、確かにいま、自分の肺に入った。
 そんな確信があった。

 もう、どんなに水で洗い流そうとも、薬を飲もうとも―― 手遅れ。

 この悪寒は、症状の始まり。

 どんなに暴れようがわめこうが、これから彼を蝕むのだ。
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