冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 彼は、無言で車を出す。

 どこに行くつもりなのか。

 声をかけるのをためらわせるような、カイトのオーラがあるものだから、不安になりながら運転席を見る。

『親御さんでも』

 さっきの職員のセリフが戻ってくる。

 メイに、それは無理だ。

 この辺りに、彼女の婚姻届に名前を記入してくれるような人はいない。

 ということは。

 もしや、カイトの両親のところに、これから連れて行かれるのだろうか。

 彼の口から、親の話を聞いたことはない。

 それどころか、カイト自身の話ですら、ほとんど聞くことはなかった。

 まだ、たくさん知らないことがあるのだ。

 しかし、普通結婚となると、親への紹介があるのが普通だろう。

 もしかしたら、カイトはそうしてくれるのかもしれない。

 ドキドキ。

 途端に、胸が慌てだす。

 いや、すでに十分慌ててはいたのだが、カイトの両親に紹介されるとなると、また話は別である。

 どんな風に挨拶をしたらいいのだろう。

 気に入ってもらえるだろうか。

 赤信号で止まった時、そんなメイの気持ちを知らないカイトは、ポケットからケイタイを取り出した。

 ボタンをいくつか片手で押すような操作をしたかと思うと、その小さな通信機を耳に当てる。

「オレだ…これから行く、家にいろ!」

 彼が言ったのはそれだけだった。

 言い終わるや、電話を切る。

 赤信号の間の出来事だった。

 ものの十数秒の出来事である。

 あっけ。


 メイが呆然としているうちに、また車は走り始めた。
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