ひつじのあたま
 「あ、ちょっと俺、夕飯の買い物してくるから。花穂ちゃん、くつろいでていいからね。ヒカル、花穂ちゃん頼むよ」
 「りょーかいっ」
 ヒカルの元気のよい返事に満足そうにうなずいて、悟さんは出かけていった。
 二人きりで残された私達は話題もなく、気まずい沈黙が流れた。
 どうしよう。なにか話しかけたほうがいいのかな。
 ヒカルがテレビをつけ、チャンネルをくるくる変えて、おもしろいのやってない、と言ってまた消した。
 「食べる?」
 おせんべいを勧められたけど、首を横にふった。
 「サト兄、いまけっこう仕事忙しいらしいんだ。今日は休みだけど、明日の朝は早いみたい」
 「へえ…」
 じゃあ、貴重な休みが私のせいで潰れちゃったんだ。悪いことしたな。
 「花穂さ、今日泊まってくんだろ?」
 「え…あの」
 部屋に戻ってインターホンを押したときには、傘を借りたらすぐまた出ていくつもりだった。けれど、なぜかヒカルの問いに即NOとは言えなかった。
 迷い始めていた。案外ヒカルが話しやすいやつだと感じ始めたからかもしれない。
 別に、悟さんとヒカルのところだったら泊めてもらっても大丈夫かも…。
 「あれだよな、お前も冬休みなんだから学校行かなくていいんだろ?」
 「まあ、そうです」
 「…じゃあさ」
 ヒカルがこたつに乗り出すように体を傾けた。私達の距離が縮まる。
 「ずっとここにいろよ」
 キザな言葉。ふざけているのかと思ってヒカルの顔を見ると、真剣な瞳が私を見つめ返してきた。口は固く結ばれていて、さっき浮かんでいた薄ら笑いは跡形もない。
 「あの…?」
 戸惑いながら声をかける。
 長く見つめられるのが恥ずかしくて、私はうつむいた。
 「…なんてな!」
 「え?」
 明るい声に顔を上げると、ヒカルは最初と同じににやにやと笑っていた。
 「まあ、うん。俺にもサト兄にも遠慮すんな。好きなだけいろよ…って俺の部屋じゃないけど」
 そう言ってヒカルが立ち上がった。
 「どこ行くの?」
 「…お前も一緒に来る?」
 「えっ!行きたい。どこどこ?」
 「便所」
 近くにあった漫画を投げ付けると、ヒカルはそれをうまくかわして部屋を出て行った。


< 15 / 19 >

この作品をシェア

pagetop