狂想曲
「何で俺に嘘つくの?」


顔が上げられない。

でも奏ちゃんは、そんな私を見据えたまま。



「俺に嘘つかなきゃいけないようなことでもしてた?」

「……そんな、こと……」

「じゃあ、どうして」


これ以上、嘘を重ねることはできない、けれど正直に答えることはもっとできない。

何を言っても奏ちゃんを心配させることになるから。


だから私は卑怯な言葉を口にした。



「奏ちゃんは私のこと信じてくれないの?」

「信じるとか信じないじゃない。どうして嘘をついたのか聞いてるんだ」

「私だって、奏ちゃんに言いたくないことくらいあるよ。でも、悪いことしてたわけじゃない。だから、信じて」


奏ちゃんは押し黙る。

信じてと言えば奏ちゃんが何も言えなくなることはわかっていた。


そして私はいつもこうやって奏ちゃんを欺いている。



「わかった。じゃあ、今日のことは何も聞かない」

「うん」

「だけど、もう嘘だけはつかないで。じゃなきゃ俺、何するかわかんないよ」

「うん。ごめんね」


奏ちゃんは、見た目だけならどこぞのアイドルみたいで、他人には平等にいい顔をする。

けれど、決して、その内側まで真っ白というわけではない。


人は誰しも本当の姿というものがあるけれど、奏ちゃんの真ん中にあるものは、真っ黒くて硬い何か。



「食べよっか」


奏ちゃんは急にいつもの顔に戻って言った。

だから私はほっと安堵する。


奏ちゃんの真っ黒くて硬い何かから漏れたものが沼地のようになり、徐々に私はそこから抜け出せなくなっていくのだろうと思う。

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