天体観測
僕の頭は、まだ眠っているらしく、次に僕が言った一言は、相当間抜けだった。

「何でマスターなんだよ」

「私が知るわけないやんか」

僕は頭を掻いて、起き上がった。よく考えると、僕は上半身裸で、下着しか着ていなかった。けれど、今の僕にはよく考えることなど到底出来るわけもなく、僕はそのままダイニングに向かった。

そこには、僕が今まで生きてきた中で、最も異様な光景があった。母さんとマスター、それに父さんまでが、おいしそうにアイスコーヒーを飲んでいる。僕には何がなんだかわからなかった。けれど、恵美は既に承知の事実だったらしく、僕を置いて、父さんの隣に座った。そこには、半分ほど飲まれたアイスココアがあった。僕は、その光景をぼーっと眺めることしか出来なかった。

「少年、コーヒーいる?」マスターは僕の顔を覗き込んで、言った。

まだうまく状況が呑み込めない僕は、とりあえず「うん」と返事をして、空いているソファに座った。

「司、何時だと思ってるの?」

「時計を見ていないからわからないよ」

「もう九時よ」

「まだ、だろ」

「九時っていったら、大抵の人が起きて活動してるわよ」

「夜の仕事の人は寝たばかりだ」

「もう」と、言って母さんはキッチンに立った。そして、何故かコーヒーを作りはじめた。マスターはただ座って、恵美と話している。

こういう光景を見ると、昨日、隆弘の葬式があったのが嘘みたいに思えてくる。たしかに、いつもとは違う光景ではある。けれど、僕らのことを何も知らない人が、この光景を見ても、そうは思わないだろう。あまりにも常軌を逸した、普通すぎる日常。そんな相反する要素があった。

父さんは、黙って新聞を読み、煙草を吸い、座っていた。父さんの前には、空になったグラスが置かれていた。

「今日、仕事は?」僕は父さんに聞いた。

「HIROは今日休みや」何故か、マスターが返事をした。

それを訂正するのも、指摘するのも面倒だった僕は「そう」と言って、庭の方を見た。

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