揺れない瞳

央雅くんが、私の残したラーメンを食べ終わるとすぐに、お店を出た。私は、じわじわと心を覆い始めた切なさを振り切るように

「それじゃぁ、わざわざ送ってくれてありがとう。気を付けて帰ってね」

普段通りの笑顔に見えるように意識して、明るく軽い声で央雅くんに笑ってみせた。

普段通りといっても、いつもの私が、かなり明るい、というわけではないから、どれほどの明るさを見せればいいのか戸惑う。
それでも、私が芽依さんの身代わりだと認めた現実を、せめて央雅くんに悟られないように、笑った。

「また来ような」

私の葛藤に気付かない央雅くんは、私が首に巻いているマフラーを、綺麗に整えてくれながら優しく微笑んだ。

「うん……、また、ね」

もしもこの先、本当に二人でこのお店に来る事があるとしても、その時私は、苦しくてたまらないと思う。
今気付いたばかりの、央雅くんの本当の気持ちを思い出して苦しいんだろうな。
ラーメンの味なんてわからないと思う。
それでも、誰からも、私を一番に愛してもらえない悲しさへの向き合い方ならわかっているから、今回だって、ちゃんと受け入れる事ができると思う。
心を凍らせるような痛みには蓋をして、たとえあと少しの間だけだとしても、央雅くんの側にいたい。

「俺んちの近所にある店にも、食いに行こうな」

「うん。……楽しみにしてる」

「じゃ、気を付けて帰れよ。マンションに入るまで、俺はここから見てる。部屋に入ったらすぐに鍵をしめて、電話してくれ。じゃなきゃ気になって帰れないからな」

「わかった。遅いから、央雅くんも気を付けて帰ってね。いつも、送ってくれてありがとう」

いつもなら、央雅くんと離れるこの瞬間は、寂しくてたまらない。ほんの少ししか会えない切なさが、私の中に溢れ出す瞬間だけど。今は、早く央雅くんから離れて一人になりたくてたまらない。
さっき自分が認めた現実を、自分の中でちゃんと整理したいから、早く一人になりたい。

央雅くんと一緒にいる事を苦しいと思うなんて、初めてだ。
泣きそうな気持ちを隠す事もつらくてたまらない。
けれど、こんなに苦しい思いをするのなら、央雅くんと出会わなければ良かったと思えない自分にも気付く。

「じゃ、おやすみ」

そんな私の心を、央雅くんに気付かれないように、ほんの少し駆け足になりながら、マンションに向かった。

いつもなら、マンションに入る前に央雅くんを振り返って小さく手を振るけれど。
今の自分が、どんな表情をしているのかわからなくて、背を向けたまま、マンションに駆け込んだ。







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