揺れない瞳
「俺たちって、苦しいな、色々と」

「ん。苦しいね、色々と」

二人で顔を見合わせて小さく笑うと、それだけで気持ちが通じ合える気がする。

「父さんが苦しむ姿を見て、当然だって思ってしまったけど。
それでもやっぱり父さんを恨みたくないし、これ以上苦しめたくないって言う気持ちもあって……」

言葉を選びながら、そして俺に気遣うような声音。
結乃が遠慮がちに呟く言葉の意味が、何となくわかる。
きっと、父親と俺との間で揺れているに違いない。

俺にとっては、今思いついて言い出した事ではないけれど、結乃にとっては突然の話。

『結婚』

なんて、現実のものとして考えた事もなかっただろうし、今もまだ俺の言葉を本気にとらえてくれているとも思えない。
……俺は本気で言ってるんだけどな。

「でね、えっと……。結婚なんだけど、その……」

「いいよ。待つから。結乃の気持ちが全てクリアになって、お父さんへの気持ちが落ち着いた時にまた考えよう」

「え……いいの?」

「は?」

「あ、ううん……それでいいんだけど、そうするのが一番なんだけど、なんだか」

結乃の気持ちをくみ取ってそう答えたつもりだけど、彼女の声は予想外に落ち込んでいるように聞こえた。
不安げに揺れる瞳は、何かを俺に言いたいように見える。

「もしかして、結婚自体が嫌なのか?」

「ち、違う違うっ。私だって、ずっと央雅くんの側にいられるなら、そうしたいけど、やっぱりまだ学生だし、父さんは反対してるし……央雅くんと付き合いだして間がないし……。不安がいっぱいだから」

「うん。結乃のその気持ちがわかるから、待つって言ってるんだけど?」

結乃が結婚に二の足を踏んでいるのはわかるけれど、その事に対してもまだ迷いがあるのか声も小さい。

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