揺れない瞳
「俺からも、頼みます」

え?と横を向くと、ちょうど央雅くんが立ち上がって、京香さんに頭を下げていた。

「この先、結乃がモデルを続けるのかどうかはわからないですけど、もし続けるようであれば、色々と教えてやってください。
京香というトップモデルをお手本に頑張らせます。
よろしくお願いします」

深々と頭を下げる央雅くん。今まで見てきたどの央雅くんとも違う。
やけに丁寧なその姿に、胸がぎゅっとなる。
私の為に頭を下げてくれて、本当に心強い。
とても身近な場所に央雅くんがいるような感じ。
初めて感じる親しい距離感。
私が小さな頃から欲しくてたまらなかった、そしてそれがどんなものなのか形として理解できなかったものだ。

「で、結乃さんは本気でモデルを続けていくつもりなの?」

突然京香さんの言葉が私に向けられた。
諦めたように大きく息を吐いて、胸の前で組まれた腕。あ、イラつかせてるかも。

「私、本気かどうか、わからないんですけど、とにかく芽実さんの顔だけは潰さないように頑張ります」

そのイライラを大きくしないように、慌てて言った。
でも、本気で続けるかどうかなんて、まだわからない。
未知の世界に自分を追いやって、さあ、頑張ろうとは思うけど、その先どうなるのかは、わからない。

「そう。じゃ、本気になったら声をかけてちょうだい。私はモデルを真面目に取り組むべき仕事だと思って必死にやってるの。おふざけと、モデルという肩書だけの為にやるのなら、面倒なんてみない。逆にひきずりおろしてやるから」

そう言い放つと、相変わらず飄々とその場を見ている芽実さんににっこりと笑って

「元日早々、お会いできて良かったです。来週の撮影で、お会いできるのを楽しみにしてますね」

その笑顔のままくるっと背を向けて帰ろうとしたけれど、ふと立ち止まると、顔だけを私と央雅くんに向けて

「ご婚約おめでとう。お幸せにね」

それだけを言って、再び背を向けて歩き出した。

その背中は、まさにモデル。簡単に得たものではない美しさと、努力した人だけが持つオーラ。言葉通り、トップモデルだった。

ほーっと、その姿にみとれていると、芽実さんも同じことを思っているのか。

「本当、女友達にはしたくないけど、モデルとしては最高にいい女。次の新商品のカタログにも彼女に出てもらえるように事務所に連絡しとかなきゃ」

京香さんが立ち去った後も、その類まれな綺麗な姿が脳裏に焼き付いていた。

そして、彼女の残した残像が、私の人生に少なからず影響していくかもしれないと、感じた。











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