失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】

霧の中




「君の兄さんには悪いけれど…私は

全力で君を落としにいく」

彼は微笑みながら

ベッドの上の僕にそう言った

「まず宣言しておくよ…私にしては

非常に紳士的でフェアだ」

微笑みながらも彼は

少し不服そうな顔をした

「この前の死にかけた一件で君に関

わるときは正攻法でないと勝てない

ということがわかった…いや…君と

いうより君の兄さんにと言うべきか

な…」

彼は"そうだろ?"と言うように

僕をチラッと見た

「まずは君のご両親に取り入る…将

を得んとすればまず馬からってね

君も助かるはずだ…君も私にも…そ

してご両親にしてもね…3者の利害

が一致するなんて…奇跡的じゃない

か?」

「ちょっと…この場所でその話は」

ここは警察病院のベッドの中だった

「となりに…人もいるし…」

「大丈夫…まともじゃない」

そうだ

…ここは精神科だった



刑事事件で責任能力がなく

不起訴になったような

アル中やヤク中やシャブ中の患者が

ここで治療を受けている

僕もしばらくここに入院するようだ




昨日の夜逃げ込んで今朝までいた

あのホテルから僕は直接ここに

さほど詳しい説明も彼から無いまま

彼の車で連れて来られた




「私に任せろ…君の状況でご両親に

何が言えるんだ?…昨日の様子では

君はパニックを起こす寸前だった」

…面白がってる

クソッ…

クソッ!

…反論できない

いまここに彼がいて父と母に

ことの成り行きを説明してもらえる

と思うと僕は本当に

これから先も生きていて良い…と

世界から許されたような気すらする

だけど

僕はきっと

彼に退路を断たれる






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