失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】



「大丈夫か?震えてるぞ…禁断症状

じゃないのか?」

錯乱の中で不意に彼の声が聞こえた

「…こ…怖い…し…死にそう…」

上手くしゃべれない

歯の根が合わなくて奥歯が

カタカタ鳴ったまま止まらない

「禁断症状だな…」

「違っ…ちがう…あ…会うの…が…

こっ…怖いんだ…」

彼はため息をついた

「薬を増やさないと…ところで君は

パニック障害があったようだが…薬

は飲んでいたのか?」

「ち…中学生の頃…デプロメール…

あ…兄貴…いなくなって…また発作

出るようになって…コ…コンスタン

と…デパス…」

「参ったな…君は薬に耐性が出来て

いるようだ…サイレースの効きが悪

いわけだ…君はその薬ではもう効か

なかっただろう?」

「効…かない…それで…寝られなく

て…アル…アル中…になってた」

「エクスタシーを仕込まれる前には

もう既にヤク漬け…だったのか」

そして彼は僕に

とくとくと言い聞かせ始めた

「その恐怖は普通の恐怖じゃないぞ

離脱症状が加わって増悪してるんだ

それに君の親御さんには私から説明

するとさっきから言ってるじゃない

か…私は君がゲイだなんて言わない

し私に抱かれて悶え狂っていること

も言わない…兄さんと私との関係も

君がクスリ欲しさに身体を売ってた

ことも人身売買されて手込めにされ

てたことも一言もしゃべらない…私

と兄さんの関係も兄さんの父親と私

との関係ももちろん秘密だ…私は君

の兄さんの大学時代の知人だ…これ

は全く間違いというわけじゃない…

君とは以前兄さんのアパートで会っ

たことがある…これも嘘じゃないし

捜査上で君に偶然出くわした…それ

こそ事実だ…違うか?」

「違わ…ない…違わないけど…」

「違わないけど…なんだ?」



違わないけど…

待っ…てよ




僕はふとあることを

まだ確認できてないことに

気づいた






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