失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】



大きな地図が目の前に見えてきた

灯で照らされて浮かび上がっている

ここから急な勾配の石段が始まる

彼の足にこたえないか心配になる

「ここから石段…長いよ…足…大丈

夫?」

彼は右端にある鉄の手すりをつかみ

何も言わず登り始めた



見上げる先には真っ黒な闇

本能的な恐怖が込み上げてくる

緑のキラキラした夏のこずえを

思い出しながら恐怖を振り払う

彼が不意に立ち止まる

やっぱり痛いんだ

彼の左腕を取り僕の肩に回す

彼が少し驚いたように僕を見る

「痛いんでしょ?」

「無理するな…階段の介助は危険だ

ぞ」

「僕はここ登ったことあるから…」

答える間もなく彼が僕の唇を奪った

「んっ…なっ…こっこんな時にっ」

「力仕事ではまったく役に立たない

君が可愛いな…と」

「いや…そうでもないし」

いつもながらひどい言いぐさだ

「では後ろから押してくれないか?

その方が楽だ」

案外すんなりと介助をさせてくれる

少し嬉しい

僕は彼の後ろに回った




石段の上の赤い門が見えてきた

正面の大きな正門は閉じられていて

両脇に小さな潜り戸があり

それが片方だけ開いていた

左右の街灯にぼんやり照らされて

門の赤が血塗られたようだった

石段を登りきった僕たちは

脇の戸をくぐった



目の前に赤い大きな社殿が

不気味に建っていた

「ここが本殿」

前に先輩が教えてくれたことを

今夜は僕が彼に言う

「見れば分かる」

彼が社殿を凝視しながら答えた

思い出して御手洗で手を清める

そして僕たちは拝殿の前に立った






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