失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】

雨音




梅雨が明けない

太平洋高気圧が弱い…とかで

寮の食堂のテレビのニュースを

ボーッと見ていた



復学の話はまた今度に持ち越し

それより

彼の涙が僕の心から消えずに

あの日からずっと再生し続けていた



なにかの予感

彼が知ったなにかが

僕との関係に決定的に作用する予感



兄が生きてる



冷静にいま考えれば

それしか考えられない



そうだね

苦しみの限りを彼と僕は味わう

そして…兄も

その運命を彼は

一瞬垣間見たのだろうか



(苛酷な運命に涙し

自由に憧れることをお許し下さい)



ヘンデルのアリア

『私を泣かせてください』

彼は帰りの車の中で

その曲をかけてくれた



(他人の運命でなく…自分の苛酷な

運命のために泣いて欲しいものだ…

ヘンデルの歌曲のようにな…)



いつだったか…

まだ病院だった気がする

彼から責めさいまれて

突き刺さったその言葉を

彼と別れてから思い出した




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