To.カノンを奏でる君
 中学の入学式の前の日。

 そう、祥多の命がもう長くはない事を聞かされたあの日。


 花音は涙を隠す事をせず、病室に足を踏み入れた。

 そんな過酷な真実を知ってしまった花音に祥多は優しい笑みを向けた。まるで、知る事を予測していたように。


 祥多は、何もしてあげられなくてごめんねと泣く花音を抱き締めてやる事しか出来なかった。その他に、幼い祥多が花音にしてあげられる事はなかった。


 そしてその時、祥多は言った。お互いを好きになる事はやめような、と。

 人を好きになるという事の深い意味を知らなかった花音は、躊躇う事なく頷いた。それが、今の自分に出来る事なのならと。

 しかし時が経った今、あの時の約束を後悔している。

 花音には祥多以上に大切だと思える男子がいないのだ。


「うっ……うぅ、」


 祥多は、花音がつらい想いを背負って生きていかなければならない事を恐れた。だからこそ、あんな悲しい約束をしたのだ。苦しくなるだけだと見越して。

 しかし、一番近い異性を意識する事は自然な事。花音もまた、その自然に流されてしまった。

 離れたいとは思わない。もう嫌だとは思わない。

 ただ、苦しい。想いを口にする事は出来ないから。

 押し込めた感情は、儚く沈み、ふとした瞬間に浮かび上がる。


 恋ほど残酷な感情は、ない。





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