To.カノンを奏でる君
 幸せなのだと、思っていた。大好きな人の傍にいられる事が。

 例え眠り続けていようとも、傍にいられるだけで幸せなのだと思っていた。


 しかしそれは違っていた。


 祥多の為と何度も繰り返し、たくさんの事を諦めた。高校の友達も、憧れていた大学への進学も。

 祥多の傍についてあげる為に全てを犠牲にした。

 それが、祥多が目覚めた時に祥多を傷つける事になるとは気づかずに。


 全て取り返しのつかないこの時まで来てやっと、間違いに気づいた。


「私……間違ってた」

「葉山」

「全部、全部、もう取り返せない! もう遅い──!」


 わんわんと泣き続ける美香子の肩を、直樹は黙って抱き続けた。


 一生懸命になりすぎて、美香子は大切なものを見失ってしまった。


 祥多が悪い訳ではない。美香子が悪い訳でもない。

 ただ時の流れが、起きてしまった事態が、美香子にそうさせてしまった。


 確かに流されてしまった美香子も悪いが、一概には責められない。


「過ぎた事は取り返せない。でも、これからの事はこれからだ。頑張れよ」

「う、んっ…」


 それぞれがもがき苦しんだ三年間。

 苦しむのはもうこれで終わりにしなければならない。


 これから新しい日々が待っている。


 それを切り開いて行くのは、自分自身の両手だ。


「みんなが幸せになれる未来が待ち受けてるといいな」


 祈りにも願いにも似た科白を口にし、直樹は小さな笑みを浮かべた。





< 196 / 346 >

この作品をシェア

pagetop