To.カノンを奏でる君
「私には見向きもしなかったんだよ、祥多君」

「え?」

「ずっとずっと花音ちゃんの事ばかり」

「アイツの事ばっか? まさか」

「羨ましかったよ、花音ちゃんの事が。でも……まっすぐに花音ちゃんを想い続ける祥多君の事が、好きだったのかもしれないなぁ、私」


 おかしそうにくすくすと笑う美香子に、祥多は首を傾げた。


 全く意味が分からない。


「ごめん、ごめん。とにかく、少しだけでも花音ちゃんの事思い出してあげてね。ずっと昔から、花音ちゃんは祥多君の事が好きだったんだよ」

「アイツが……俺を? って事は両想いなんじゃ」

「そうだよ。両想いだったけど……恋人にはなれなかった」

「何で」

「さあ? 私には教えてくれなかったじゃない、祥多君」

「………」

「それじゃあ、また明日」


 愛らしくウィンクをして見せ、美香子は颯爽と病室から姿を消した。


 一人残された祥多は、静まり返った病室の中で溜め息を吐いた。


 眠りから覚めたら、見知らぬ女性の姿があって。この上なく驚いたように、そして嬉しそうに目覚めたのと声をかけて来た。

 こくりと頷けば、彼女は涙をはらはらと零し、良かった良かったと繰り返していた。


 そんな彼女の表情を一変させたのは、またもや自分だった。誰かと尋ねたその一声で、彼女の表情は蒼白になった。

 今にも嘘だと現実を否定しそうなほど、青ざめた顔。


 それから彼女はナースコールを鳴らし、看護師を呼んだ。

 じきにやって来た看護師は目覚めた自分を見るなり、病室を後にした。


 呆けている間に医師を引き連れ、戻って来た。

 すぐさま診察が行われ、特に異常はないと下された。

 そして初老の医師は目立ち始めた皺を深くしながら、祥多に笑みを向けた。三年振りの再会だねと。

 しかし困惑した表情を浮かべる祥多の異変に気づき、医師はまじまじと祥多を見つめた。
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