To.カノンを奏でる君
 遡る三年前、もう来ないと誓った心も、全て──自分の幸せだけを考えたからこその結果だった。

 ちゃんと向き合った自分の本心と弱さに、花音はひどく落胆し、込み上げる涙を飲み込んだ。

 何て卑しい人間なのだろうと、自らを恨めしく思う気持ちが更に花音の胸を締めつける。


「祥ちゃん……!」


 忘れられて当然だと思った。しょうがないと。

 それだけひどい仕打ちを、無意識にしていたのだ。一途に想ってくれた祥多に対して。

 自分自身に並みならぬ憤りを感じた。昔はもっと清らかな心を持っていたはずだ。


 自分の事より、祥多が笑ってくれる時間が愛しく思えたあの頃が一番眩しく輝いていた。


「私は笑ってる貴女の顔が好きよ。祥多君の隣にいる貴女は、眩しいくらいに良い顔で笑う」


 楽しそうに、ふふっと笑いながら珈琲を口にし、一息吐いてから顔を上げた。

 そして弱気になった娘に真剣な眼差しを向け、諭す。


「貴女はまだフラれてない。忘れられただけ。そうでしょう?」

「………!」

「貴女の今やるべき事は何?」


 今やるべき事、それは──。


「祥ちゃんの傍にいる事」

「ほら、答えが出た。ならもう大丈夫ね」

「お母さん…」


 今なら言える。本当はずっと、思っていた事。


「ありがとう」


 最終的に、祥多との全面的な判断を花音に任せた事。

 ずっと、思っていたのだ。言えずとも心の中で、ありがとうと。
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