To.カノンを奏でる君
 そう思ったからこそ、話そうと思えた。


「祥ちゃんはね、私がピアノを始めるきっかけをくれた人なの」

「だろうな。いつもピアノを弾く時の草薙は誰かを想ってるようだった」

「……祥ちゃんは、生まれつき心臓が弱かったの。歳を重ねる毎に祥ちゃんは体調を悪くして、中学入学前に入院した」


 コトンと珈琲をテーブルに置き、花音はピアノのある隣部屋に移動する。早河は花音について行った。

 部屋に入り、花音は鍵盤と向き合う。


「その時にね、約束したの」

「約束?」

「お互いを好きにならないって」


 そう言いながら、鍵盤に手を置いた花音はゆっくりと指を四方に動かした。


 想い出の曲であるカノン。奏でると本当に、たくさんの想い出が溢れて来る。


「浅はかだと思う? 長くはないと医師に告げられた祥ちゃんにとってそれは、この上ない優しさだったんだと思う。何もしてやれない自分に出来る事は、これ以上私を傷つけない事」


 どこか慎ましやかにカノンを奏でながら、花音は長々と早河に語り始めた。





 あの頃、私は祥ちゃんの体調不良に振り回されていた。

 私は苦に思っていなかったけど、祥ちゃんにとってはつらい思いをさせたと思ったんだろうね。

 だから、これ以上苦しませないようにってあの約束をしたと思う。

 好きになってしまえば余計に苦しくなるって事、祥ちゃんは知っていたのかな。


 それから中学三年生まで、私は毎日祥ちゃんの病室を訪れた。

 容体が悪化して、二月に祥ちゃんは大きな手術を受けた。

 成功したよ。でも、手術中に一度心停止した反動でいつ目覚めるか分からないと言われた。


 祥ちゃんは、眠り続けたの。


 目覚めたのはこの三月。祥ちゃんの目覚めを、私は心から喜んだ。

 ずーっと待ちわびてた。手術が成功したらあの約束を撤回するって言ってくれたから。
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