To.カノンを奏でる君
「力が入んねぇんだよ。見て分かるだろ」


 ふわりと花音の体が舞い上がる。

 気づけば花音は早河に抱き上げられていた。


「は……早河、君?」

「草薙があんまり可哀想だったから話しに来たんだけどさ、お母さんが今ちょうど花音が啖呵切ってるだろうからって」

「あ……の、事情は分かったから、降ろして…下さい」

「歩けんの?」

「て、手を貸すだけにして下さい」

「了解」


 すとん、と花音を降ろすと、花音はちゃんと自分の足で立った。

 早河が来たお陰で、落ち着きを取り戻せたからだ。


「ごめん、祥ちゃん。ごめん…」

「何で草薙が謝るんだよ!」

「行こ、早河君」


 花音は部屋を出て行く。


 早河は花音を追おうとして、一度祥多を見る。

 祥多は俯いていて、表情が見えない。何を思っているのか全然分からないが、早河はどうしても言いたい事があった。


「いくらなんでも女にあれはないだろ。少しは草薙の気持ちも考えろ!」


 言うだけ言い、花音を追いかけた。


 残された祥多は一人、唇を噛み締め、苦しんでいた。

 あんな事言うつもりはなかった。会えば嫉妬してしまう事を分かっていたから、会わずに今は一人で考えようと思っていた。

 それなのに、花音は毎日毎日祥多に会う為にやって来た。


 何でこうも毎日会いに来るんだと、苛立ちが増した。早河がいながら、何で自分に会いに来るのかと。

 そして会った瞬間、全ての苛立ちが爆発した。完全な八つ当たりをしてしまった。
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