To.カノンを奏でる君
「俺を好きになれ」

「え……?」

「俺を好きになれ、草薙」

「早河君……」

「つらい思いはさせない。おいしい珈琲淹れて、めーいっぱい愛してやる」

「早河君っ」

「頼むから、俺を好きになってくれよ……草薙」


 そんな言葉で、意志の強い花音が靡くとは思わなかった。

 それでも言わずにはいられないのだ。逃げておいで、と。


「……なりたい。早河君を好きになりたい」

「っ? 草薙?!」

「でも、ダメなの。私いつも祥ちゃんの事ばかり考えてる。早河君の事は凄く好き。それは本当。でも、祥ちゃんにああ言われて気づいた」


 ズタズタに引き裂かれたような気持ち、そして世界の終わりが迫り来るような絶望感。

 それはきっと、言われた相手が祥多だったからなのだ。早河に同じ事を言われたとしても、あそこまでのショックは受けないだろう。

 痛い事には変わりないが、祥多に言われるのと早河に言われるのとは違うと、今はっきり分かる。


「私が好きなのは祥ちゃん。私には、祥ちゃんだけなの」


 祥多の言葉で世界一幸福になり、祥多の言葉で世界一不幸になる。

 仕方のない事なのだ。それが、人を好きになるという事。特別な誰かを想うという事。

 好きな人の言葉だからこそ、一喜一憂するのだ。


「早河君、ありがとう」


 三年ずっと傍にいた早河に想われる事は、本当に嬉しい事だった。

 自分の嫌な所も見て来たであろう早河が、それを含めても好きだと言ってくれると、自分の事が少しだけ好きになれた。
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