To.カノンを奏でる君
「あんま無理すんなよ。俺はお前が一番……」

「祥ちゃん」


 花音は祥多の言葉を遮り、離れた。

 祥多は自分の腕から離れた花音を寂しげに見つめる。


 心が痛まない事はなかった。しかし、花音は決めたのだ。

 どんなにつらくても、苦しくてもそうすると。


「当分来ないから」

「何で……」

「近づき過ぎたの。幼なじみの域は越えられない。越えない、そう決めたのは祥ちゃん」


 祥多は複雑そうな顔をして俯いた。


 素直に想いを口に出来ればどれほどいいか。それが出来ないから、ずっと幼なじみでいたけれど、花音は気づいてしまった。

 このまま共に過ごしても、お互いがつらいだけだと。それならいっそ、距離を置いた方が楽になれる。


「花音……今、つらいのか」


 今つらいと答えれば、祥多がどれだけ傷つくか目に見えて分かる。


 しかし、もう限界だった。

 これ以上祥多の傍にいても、祥多への想いが募るだけ。祥多に迷惑をかけるだけなのだ。


「つらい。心が痛い。祥ちゃんといたら苦しい…っ」


 涙を見せるのは卑怯だと思った花音は、泣くのを堪える。


 好きなのに、それすら伝えられない事がつらいのだ。


「……悪ィ」


 祥多はこちらに背を向けて横たわる。


 ──傷つけた。花音は唇を噛み締め、泣くなと繰り返す。

 泣いていいのは自分じゃない。
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