潮騒
言えるのは、それだけ。


けれど彼女は舌打ちを吐き捨て、



「どうしてユズルじゃなくて、アンタが生きてるのよ。」


ユズル――あたしの3つ上のお兄ちゃん。


彼は9歳という幼さで、交通事故によって亡くなった。


お兄ちゃんは、あたしを庇って死んだのだ。


お母さんが愛していたのは、この世でただひとり、お兄ちゃんだけだったから。


だから彼女は今もあたしを憎んでいる。


自分と同じ顔をしている、あたしの存在そのものを。



「子供はユズルだけで十分だったのに、あの男が産めって言うから、こんなことになったのよ。」


お兄ちゃんが死んでから、絶望の淵に立たされていたお母さんは、あの頃、どこかおかしかった。


そしてお父さんは逃げるように愛人を作り、ほどなく離婚。


今では連絡さえ取っていないお父さんさえ恨みながら、お母さんはそれでもあたしを育ててくれた。


だからあたしは何を言われたって良い。



「ごめんね、お母さん。」


彼女が弱い人だということはわかってるし、それを責めようだなんて思わない。


確かに虐待にも似たことをされたことだってある。


けど、でも、お母さんも被害者だから。

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