潮騒
マサキはすぐにやってきた。


雨粒に濡れたあたしを見て、何やってんだよ、と悲しそうに笑う顔。


あたしが車に乗り込むと、彼は物憂い目で空を見上げ、



「何かこれから雨が降る度にあったかくなって春が来るって、さっき天気予報で言ってたけどさ。」


「寒いよりはマシでしょ。」


「いや、花粉症のチェンがすげぇ騒いでうるせぇから、面倒くせぇ季節だよ。」


目が合うと、どうして良いのかわからなくなるのは相変わらずだ。


けれど、不思議と心の中で凝り固まった何かが溶けていくこともわかる。



「今のうちから避難場所とか確保しとかねぇとな。」


いたずらにそう言った彼は、



「とりあえず飯でも行く?」


あたしはその瞳にどう映っているのかと思うと、やっぱり少し、怖かった。


他の男に抱かれているくせに。



「寒ぃし、何かあったまるもんが良いよな。」


「キムチ鍋で良いなら、うちに材料余ってるけど。」


無意識に、誘うような言葉が漏れていた。


なのに、それでも彼は、「じゃあ決まりだな。」と口元を緩めて見せてくれる。


雨音は静かに車内を染めていた。


まるでこの空間の中に閉じ込められたみたいで、けれどそれで良いと、あたしは思った。

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