潮騒
「でも、どうして唐獅子なの?」


「獅子は百獣に君臨する王って言われてて、まぁ、一番強いってことだしな。」


「強くなりたいの?」


「さぁね、どうだろ。」


マサキは肩をすくめるように誤魔化した。



「じゃあ、この牡丹は?」


「昔から、“牡丹に唐獅子、菊に龍、竹に虎”ってよく言われるんだけど。
無敵の獅子にも唯一恐れるものがあって、それが獅子身中の虫なんだって。」


「………」


「我身の体毛の中に発生し、増殖し、やがて皮を破り肉に食らいつく害虫なんだけど、それは牡丹の花から滴り落ちる夜露にあたると死ぬらしい。
だから獅子は夜になると牡丹の花の下で休むし、そこが安住の地なんだってさ。」


彫り師の人が言ってたよ、とマサキは言う。


でも、唐獅子の射抜くような眼はまるで、あたしの全てを見ているかのようで、結局はそれ以上触れてはいられなかった。


指を離すと、彼と目が合い、途端に逸らせなくなってしまう。


吸い込まれてしまいそうな、その瞳。



「俺にもどっかにあるのかな、安住の地ってやつ。」


悲しそうに呟いてから、マサキは窓の外へと視線を滑らせた。



「なんて、つまんねぇだろ、こういう話。」


「そんなことないよ。」


安住の地なんて、少なくとも、この街にいる以上は見つけられるはずもないだろう。


いや、生き続けることこそが、一番辛くて苦しいのに。


やっぱりあの時に死ぬべきだったのは、お兄ちゃんじゃなくてあたしの方。

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