時を止めるキスを


こうして私が戦々恐々としながら対峙するのは、この秘書課を統轄する、総務部の瀧野 龍(たきの・りゅう)その人だ。


この人と顔を合わせる度につねづね思うのは、名前と性格がこれほど一致する人もそうはいないということ。


ちなみに体格の方はさほどゴツいわけでなく、どちらかといえば流行りの細身マッチョに該当するだろう。


爽やかな顔立ちをしているので一見、柔和そうには見えるけどとんでもない話。彼の利点どれもが、この凄まじい性格をオブラートに包むための材料に過ぎないのだから。


とにかく、イケメン風情をことごとく裏切るのが瀧野チーフである。彼を漢字一文字で表すとすれば、“恐”が一番しっくりくるに違いない。


シンと静まり返った秘書室内では、誰もが二次災害を避けるために淡々と業務に従事している。ついに怒りを甘んじて受ける覚悟を決めた私は、不穏な空気の根源をまっすぐに見た。


すると、チーフのかけたノン・フレームメガネの奥の瞳に苛立ちを感じたと同時、バチバチとした鋭い閃光まで見て取れるとは恐ろしい。


「土産」

ぶっきらぼうに言われ、つい「はい?」と聞き返してしまった私にまた非難めいた視線が飛んでくる。


「坂井さんが買って来た手土産。――品物指定したのはオマエ、浅川で間違いないな?」


「はい、そうですが」

今度は確認するように尋ねられて、私は首をひとつ縦に振った。ちなみに、坂井さんとは同じ秘書課で働く私の3期後輩の女の子だ。


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