ガリ勉くんに愛の手を
夜の11時半すぎ。

おじさんがいつも店のあと片づけをしている頃だ。

♪トゥルルルル…トゥルルルル…♪

(誰や、こんな時間に?)

店に残っていたのはおじさんではなく佐奈だった。

帰り仕度をしていた佐奈はなり続ける電話を無視する事ができず、渋々受話器を取った。

「もしもし。【たこ萬】です。」

(えっ、あ…?!さ、佐奈さん?
まさか【たこ萬】にいるなんて…)

突然の佐奈の声に戸惑い、何も言い出せずにいた。

おじさんに佐奈の居場所を聞くつもりが当の本人が出るとは予想もしていなかった事だ。

「……」

「…もしもし?どちらさん?」

「……」

心の整理がつかなくて何も言い出せない。

しかし佐奈は気が短い。

無言のままでいる相手に我慢ができなくなって大声で怒鳴りつけた。

「いい加減にしいや!
何も言わんかったら切るよ。」

(だ、だめ!)

「佐奈さん。」

僕はとっさに名前を呼んだ。

(ベン?!)

今度は佐奈が黙り込んだ。

「佐奈さん、僕…勉です。」

言わなくてもわかっている。

佐奈はその声を聞いて涙が出そうになるのを必死でこらえた。

「佐奈さん、聞こえてますか?」

(久しぶりに聞く、ベンの声…)

鼻をすする音が聞こえそうで、少し受話器を遠ざけた。

「佐奈さん、大丈夫ですか?具合でも悪いの?」

(違う…そんなん違う!)

「ミナミに帰っていたんですね。」

(そうや、ずっとここでベンに会えるのを待ってるんやで。)

佐奈は心でそうつぶやいた。

「良かった。佐奈さんがいなくておっちゃん寂しそうだったし…」

(ベンは?)

ずっと…君に会いたかった。

ずっと…君の声が聞きたかった。

でも、その一言が言い出せない。
< 344 / 401 >

この作品をシェア

pagetop