恋した鬼姫
「あぁ、婆やは嬉しゅうございます。また姫様に甘えて頂き。姫様、もっと婆やに甘えていいんですよ。それが私の幸せなんですから。」
そう言うと、婆やは震えた手でセラの頭を撫でた。

「婆やの作ったタルトが食べたいわ。婆やにおとぎ話をもっと話してほしいわ…。」
セラは、言えるだけのことをいい続けた。しかし、涙も枯れ言う言葉もなくなって、セラが婆やの顔を除き込むと、婆やは眠るように亡くなっていた。

セラは、婆やを抱き締めたまま1日が過ぎても動こうとはしなかった。涙を流すわけでもなく、何かを考えるわけでもなく、ただ呆然としていた。


幾度の時間は過ぎ、セラにも少しは考えれる余裕が出てきた頃、谷底の上で声が聞こえた。谷底は、よく響くので、その声がハンスの声だとわかった。
セラは、婆やをそっと置くと別れを惜しみながら、その場から逃げた。
…一つの木箱を両手に握りしめて。



谷底は、何処までも続いていて周りは岩ばかりで何もなかった。歩き続けるセラの足は、靴もボロボロに破れ、素肌が見えている所には、沢山の擦り傷があった。それでも、行く当てもなく、恐怖や悲しみと戦いながら進んだ。

ふと、セラは手に持っていた木箱を見て立ち止まった。自分が好きだった場所に無性に行きたい気持ちにかられた。何もない部屋だが、セラは故郷である鬼の国よりも自分のいるべき居場所は、あの秘密の部屋のような気がした。




セラは、木箱からカギを取りだし、秘密の扉を開いた。
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