君を忘れない。
それだけ言うと、一平さんは玄関を出て歩き出した。
丸刈り頭に軍服姿。
そんな身なりの彼について行けば、これから告げられるのは、悲しい現実だと直感した。
だけど今ここで私が逃げたところで、その現実はきっと変わりはしないのだろう。
私は、一平さんの背中を追った。
あの桜並木の下までくると、一平さんは足を止めて振り返る。
桜の花弁が、風に舞っていた。
「明日、出征することになった。」
その一言が、岩のようにのし掛かった。
「明日?!」
一平さんは医学部。
医学部は学徒出陣の対象外なのだ。
徴兵が猶予されるはずなのに。
「どうして一平さんが…っ」
どうして征かなければならないの。
「志願したんだ。自ら。」
その瞬間、桜吹雪が私たちを包んだ。