木漏れ日から見詰めて
 彼がいる学校と私が住んでいるボロアパートには葉を豊富に茂らせた枝が絡み合い、緑色の壁をつくっている。

 葉と葉の僅かな隙間から見える彼の横顔は著名な画家が描いた絵なんてくらべものにならないくらい芸術的。

 彼がチラッと生徒たちに送る視線、黒板に難しい数式を書き込んでいくときの真剣な表情、おそらく冗談を言ったときの笑い顔。

 そのすべてが私の心を温かくする。

 彼は私に気づいていない。

 48時間と21分前にはじめて彼は斜め上に視線をもたげ、私の住んでいる部屋の方向を見詰めたが、すぐに手をかざして視線を遮った。

 単に陽射しの強さをはかる仕種だったけれど私の心臓はドクンと波打った。

 私と彼の直線上には時々陽光が横やりを入れてくる。

 木漏れ日が私の姿を白い光の輪の中へと隠す。

 鈍感な彼には見えていないはず。

 気づいて!という気持ちと気づいちゃ駄目!という気持ちが48時間と21分たったいまでも戦っている。
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