償いノ真夏─Lost Child─

もちろん、そんな彼女の中の黒い感情に気づくものは一人としていなかった。弟の夏哉でさえも、小夜子は欺きとおした。

だが、村中の関心を集める小夜子を羨む者もいる。その一人が、笠原りなという女だった。清楚な小夜子と対照的に、派手な彼女の美貌は誰もが認めるほどではあるが、オシルシが現れなかった彼女には〝二番目〟のレッテルが貼られた。

そして、もっとも彼女の勘に触っていたのは、紛れもなく深見真郷の存在だった。実は彼女も真郷に恋心を抱いていたのだが、学生時代には彼に見向きもされず、小夜子を虐げることでその憂さを晴らしていたほどだ。

その彼女の一言が、小夜子の狂気の一部を暴いたことがある。真郷のことになると、小夜子は豹変するのだ。だから、ちょっとした嫌がらせのつもりだった。

買い物から帰宅途中の小夜子のもとへ、彼女は近づいた。

「お久しぶりね、朝霧さん。……小夜子様って呼ばなくちゃダメかしら?」

彼女を見た小夜子は、昔の出来事を思い出したように眉をひそめた。

「御夜叉祭の舞、綺麗だったわ。みんなの視線を独り占めするのって、気持ちいいでしょ」

「……何が言いたいの?」

震えた声で問う小夜子に、りなはほくそ笑んだ。

「あたしね、あの日、深見くんと会ったのよ」

そう言ってみると、たちまち小夜子の表情が変わった。信じられないといったように見上げる彼女に鼻を鳴らす。

「どこで……一体どこで真郷くんに会ったの!?」

「村長の家の前よ……あなたのこと探してたわ」

りなの一言に、小夜子はぱっと表情を明るくした。だが、それすらもりなの想像通りの反応だった。りなは、にっこりと笑った。

「だから、あたし妬けちゃったぁ。あたしだって、深見くんのこと好きだったのよ。それなのに彼、あなたのことばっかり──だから、嘘ついちゃった」

「な……んて……?」

「朝霧さんと弟くんは行方不明になってて見つからないって。この村にいるかもわからないって、そう言ったのよ」

「!」

「そうしたら彼、どうしたと思う?ふふふ……随分ショックだったみたいね、他の女を抱くなんて。あたし、彼と寝たのよ」

それは、この世で最も呪われた言葉。言ってはならぬ言葉。聞いてはならぬ言葉。
どくんどくんと脈打つ鼓動の中に、黒い血が流れ込む。
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