Adagio


「外で待っとく」

独り言を呟くようにそう言って、彼女が店を出ていく。

自動ドアが開いて、コンビニの中の冷気と外の熱気を混ぜ合わせる。


何も買わずに出ていくのも気が引けたから、手近にあったミネラルウォーターを買って熱気の中へ踏み込んだ。

すぐに水も温くなってしまいそうな暑さが俺を包む。


「びっくりしたぁ。リーチの家ってこの近所なの?」

「…いや」

「アタシは雑誌の立ち読みに来ただけなんだけどさ。はは、冷やかしかって感じだよね」

「あぁ…」


ひしひしと伝わって来る奏の気遣い。

必死でピアノの話題を振るまいと別の話題を探して泳ぐ視線。


話題に乗らなければいけないことはわかっているのに、俺の口からは素っ気ない返事しか出てこない。


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