Adagio
近くまで来たくせに何も訊ねない俺から視線を逸らし、駒田は小さな声で呟いた。
「北浜くんの演奏をいい席で聴きたいなぁって、言ってみただけなんだ」
「あぁ」
「どこなら一番よく聴こえる?って聞いたら、審査員席だって、無理やり座らされて…」
優しい言葉で彼を安心させてやろうなんて慈愛の精神は毛頭無かった。
「それで?」
あくまで端的に続きを促すと、彼はごくりと唾液を呑みこんで。
喉につかえていたものを吐き出すように勢いよく言った。
「バスキー・アドルフは、俺のじいちゃんだ」
薄々感づいてはいたような気がする。
感づいていたというよりは、そう考えればすべての辻褄が合うと思っていた。
ピアノが好きだという祖父。
しきりにピアノを弾くことをすすめる家族。
そして駒田が実績を出せなかった時の家族の落胆ぶり。
「隠しててごめん、言えなくてごめん」
今にも泣きそうに瞳を潤ませる駒田に、俺は突き放すように言う。
「本当だ」