スピカ
第3章 あたしという人間
 ああ。気分の下がる事、海の如し。
つまり、海の深さと同じくらい、あたしのテンションは下がっている、って事。

やっぱり、あんな気分の乗らない紹介は断るべきだった。
亞未の顔を立てるためと言っても、あたしは結局は自分が大事なんだ。薄情者で大いに結構。

仕方なく用意をするも、お父さんにホステスみたいだ、と言われてしまった。
“キャバ嬢”ではなく、“ホステス”と言う所に時代を感じるけど。つまりはケバイらしい。
あたしも所詮は楸さんと同じオーラを出してるという事か。人の振り見て我が振り直せ、って。……全くその通りだ。

ぐぅ、と鳴るお腹を咄嗟に押さえる。
10時から約束だなんて、何だか中途半端だ。晩御飯を食べるべきか、食べないべきか、いまいち分からなくて、結局食べそこなってしまった。どうせなら、いつもみたいに11時からにしてくれたら良かったのに。

溜め息を零しながら廊下を横切る。
むっとして暑いのは、家の中だからって訳じゃなさそう。日本の夏は湿気が伴うから嫌いだ。だから脱水症状で倒れる人が出るんでしょ。まぁ、ヨーロッパはヨーロッパで大変そうだけど。

「雅、もう出るのー?」

リビングからの声に、うーん、と適当な返事を返す。わざわざ引き返す必要もない。


「早く帰って来なさいよ」

「うわぁっ!」

リビングからだったはずの声が、急に背後からに移り、あたしはぎょっとして振り返った。いつもは半開きの目もフル活動。

「あれ、蛍姉……いたんだ」

お母さんかと思った。
心臓がまだドキドキ言っている。

「さっき帰って来たの。この不良娘……あんまりお母さん心配させちゃ、ダメだよ」

いや、全然心配してないだろ。たまにしか帰って来ない蛍姉に言われたくない。そう心の中で呟きながら、分かってる、と答えておいた。
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