スピカ
 カタン、と玄関のドアを閉める。黄味を帯びた橙の灯りが、暗い視界を照らす。

急に身の回りが静かになって、心なしか寂しい。踵から奏でられた音は硬く、どこまでも響き渡りそうな気さえする。
だけどそれも一瞬で、すぐにヒールが砂に刺さる、サクッとした音に変わってしまった。何だか、雪道を歩いているみたいだ。


「みーやーびちゃんっ」

またもやびくりと背筋が笑った。
人を驚かすのが、そんなにも流行っているのだろうか。寿命が縮んでしまうじゃないか。
嫌な予感はしたのだけれども、渋々声がした方を目で追った。

ぼんやりした視界に、オレンジ色の光が映る。小さな、赤い蛍みたいな光。
綺麗なオレンジ色が、次第に赤く染まっていく。

光が動くと同時に、ふぅっと煙が夜空に溶け込んでいった。

「こんばんは」

にこり、といつものように笑ったのが分かる。生憎、暗くて顔はあまり見えないのだけれど、逆に好都合。微かに黄緑掛かった電灯が、不気味に影を作っていた。

「……何してるんですか、楸さん」

「何って、喫煙」

そんな事聞いてねぇよ。
いちいち突っ込むのも面倒臭い。
呆れて凝視していた目を、ぷいと逸らしてやった。

「じゃ」

「ちょ、ちょっとちょっと!」

そんな言葉に足を止めていたら、キリがない。あたしは無視して門に手を掛けた。
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