フィレンツェの恋人~L'amore vero~
小さくて白い花が咲いていた。


ギザギザ尖った深緑色の葉に、冬の朝日が降り注ぐ。


柊の葉がつやつやと清潔な光を反射している。


12月28日。


今年も仕事納めだ。


明日から年明けの3日まで、お正月休みに入る。


インフルエンザウイルスが拡散するように、美月の噂が社内に広がり始めたのは、その朝だった。


クリスマス・イヴ以来、美月は休んだままだ。


慎二は営業以外は姿を見せないし、私も一切口外していない。


一体、どこから湧いて、どう膨らんだのか分からない。


「受付の上原さんの話、聞いた?」


「聞いた」


「すごいよね」


「人は見かけによらないって、この事よね」


あっちもこっちも、その話で持ち切りだ。


「来月、寿退社するらしいよ」


「デキ婚だって」


「おれ、狙ってたのになあ。美月ちゃん」


「やめとけ。てか、もう無理だろ」


「デキちゃってんだからさあ」


「女ってのは怖いねえ」


「人の男寝とって略奪婚だろ」


営業課の若い社員が受付の前を通って行った。


「メロドラマですよね。虫も殺せないような顔して、やる事は悪魔ってやつですかねえ」


ねえ、牧瀬さん、と平賀彰子が話しかけて来たけれど、わざと聞こえないふりをした。


耳が痛い。


それでも、平賀彰子はしつこく話しかけてくる。


「本当に何も聞いてなかったんですか? 牧瀬さん」


その時、


「牧瀬ちゃーん! おはよーう」


と爽やかに駆けて来たのは、小嶺華穂だった。


クリスマスに変な所を見られた手前、気まずいと思ったけれど、


「突然だけど、今日の昼、時間作ってくれない?」


その明るい笑顔が全て消し去ってしまった。


「わ……小嶺チーフだ……」


と、平賀彰子が華穂に見惚れている。

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